クラウドソーシングが拓く働き方の可能性

ITプロ技術者機構 榎本博康

1.クラウドな働き方

クラウドソーシング、これを働く側から見ればクラウドワーキングである。時にこれは雲ではなくて、crowd(人ごみ)であるが、一般的にはソーシング側から論じることが多い。ここでは働く側の視点からも見てみたい。

まずクラウドソーシングとは何かであるが、要するに発注者がその種の運営サイトを通じて発注を投げると、世界中のクラウドワーカーからオファーが来て、その中から最も適切なものを選択できるという仕組みである。

従来から、例えば翻訳業務では、運営会社がその会社の業務用内部サイトに翻訳を求める和文を掲載すると、ワーカーが応募して英文を納入するというような仕組みは存在し、上手に使うことでかなりの利便性を提供していた。このようにすることで、ワーカー側から見れば、どこに居ても、好きな時に、好きな条件で自分の専門性が活かせるというメリットがあり、発注者には特に価格と納期面から最適であった。ここで問題は品質であるが、それは運営会社が検品をして、一定の品質に仕上げることで確保した。従って発注者は、誰が作業をしたかまでは知ることが無かった。

しかしクラウドソーシングでは、発注者が直接に受注者を選ぶ。価格、納期、品質等の全てが発注者と受注者の直接的な取引に帰結するため、そこには大きなリスクがある。一方クラウドソーシング運営会社は単にマッチングの場を設けただけで、後は当事者間の問題との割り切りをするのが原則である。

2.クラウドビジネスの概要

ここでクラウドソーシングビジネスの概要を紹介する。クラウドソーシングでは、あえて分類すれば幾つかの業務パターンがある。

1)プロジェクト方式(エキスパート方式)

要するにプロジェクトの進行を複数のステップに分割し、そのステップ毎にクラウドソーシングして行く方法である。プロジェクト推進能力はあるが、それを遂行するスタッフに乏しい発注者に適している。

2)コンペ方式

例えばロゴやキャッチコピーなど、複数の提案を得て、最適と思われるものを採用する。

3)タスク方式

プロジェクト方式に似ているが、同じ進行ステップでも、それを複数の平行タスクに分割し、同時に仕事を進める方法である。

次にクラウドソーシング運営会社のサイトには、大きく2種類がある。統合型と特化型である。

総合型はソーサー、ワーカー共に間口を広くしており、よく言えばそこでは常に新たな種類の業務が発生し、新たなワーカーが現れることで業態の地平を押し広げる可能性に満ちている。

一方特化型は間口を狭めることで、その間口内での仕事の密度を高めている。間口はサイト制作といった業種毎でも、主婦向けといったワーカーの環境毎でも可能である。

さて、その料金に関心が高いと思うが、ソーサーが金額を提示する一方で、ワーカーが応じる時に例えば経験を理由に値上げして逆提案することも可能である。そして運営会社は10%から20%をそこから吸い上げる。またエスクローという方法で、ソーサーが

運営会社に報酬を仮払いし、作業完了後にワーカーがそれを受け取ることでリスクを低減している。

3.クラウドビジネスのリスク

既に読者諸賢が想定するリスクが、報酬の支払い方法以上に存在する。

発注者側のリスクは、値増し要求(当初と条件が違いますねえとして、値増しに応じるまで納品しない)、納期遅延(ずるずると)、品質不良(まるで素人以下じゃないか)、アフター皆無(検収後に発覚した瑕疵修正に応じない)等々である。

ロゴやキャッチコピー、イラスト、写真等々では盗作の可能性があり、とんでもないものを掴むことがある。考えるだけで恐ろしい。

一方受注者のリスクもあって、コンペ方式ではただ働きだけで、実はアイデアを盗用されていることがあるし、こんな品質のソフトでは金は払えないと拒絶され、実はしらっと使っている場合があり、また応募した最安値に合わせるように強要されて条件を飲んだが、実は最安値は発注者の自作自演であったり、リピートを条件に値切られて、でもリピートは来ない等々、ビジネス経験の乏しいクラウドワーカーが多いだけに、簡単にだまされてしまう。しかし1件あたりの金額が少ないので、訴訟を起こしてまで回収するものでもない。指をしゃぶりながら泣き寝入りすることになる。

さらにアルバイト禁止の会社の従業員がワーキングしていても分からない。勤務先企業の業務上のノウハウを使用している可能性もある。競合他社の仕事をしているかもしれない。

まっとうな世界に住んでいる方々は信じられないだろうが、紳士的な商取引が主流の日本でも、場面によってはこれが実態であると言われている。まして国境を越えたコワーキングをするのである。リスクは当たり前であると考えざるを得ない。

要するに、クラウドを利用するには、発注側はどのように業者を見分け、どのように発注単位とその条件をつければ最適なアウトプットが得られるかのしっかりとした知見が必須である。一方受注者側でも、発注者のスキルを見抜き、適切な条件とリスク対策が必須である。

またこのビジネスモデルの大きな課題は、良質なクラウドワーカーは良質なクラウドソーサーに囲われてしまい、クラウド市場には品質の劣るものしか残らないという点にある。新たなワーカーが現れると、ほどなく選別されてしまう。冒頭に挙げた翻訳業の場合は、ソーサーはワーカーには直接コンタクトすることができないので、リピートは業者に出す他ないが、クラウドではワーカーに直接リピートできてしまう。

4.上手な利用方法

このクラウドな業務世界では、結局どちらの側にもビジネススキルが必要である。名簿入力業務をソーシングする場合を考えてみよう。ワーカー側はスキルや経験を売り込むが、とは言えどこの誰かも分からないワーカーに発注するわけで、その品質は誰も保証してくれない。品質基準を発注時に設けてもそれを守らせることは困難で、仕方なく納入品を自分でチェックしていては、結局手間もコストもかかってしまう。

そこで、例えば同じ入力業務を2者(ないし3者)に発注し、その成果物を機械的に照合し、必要な修正をする他のワーカーにやらせるという方法が考えられる。クラウドで相当に安く発注できれば、こうして総合的に価格と品質の両立を図れる可能性がある。個人情報保護の視点から、ひとりの個人情報を3つに分けて入力作業を発注することは既に広く行われており、それをクラウドワーカー向けに少し焼きなおすだけである。

つまりクラウドソーサー側には発注単位をどのように計画するかのノウハウが必要である。一方クラウドワーカー側では、発注されたタスクが明快に定義されている場合にはリスクが低く、あいまいな場合には仕様の合意に手間をかける必要がある。例えばロゴの制作で、コンペを繰り返しながらソーサーが欲しいものが何かを探し、深めている場合がある。その過程につきあっても、何も受注できないというリスクは覚悟する必要がある。

5.クラウドビジネスの可能性

しかし、執筆者はだから限界があるとは考えていない。世界を不安定にさせている大きな要素は貧困であり、つまり教育と仕事の欠如に他ならない。このクラウドワーキングのような労働形態で、環境に恵まれない地域でもビジネスチャンスが広がることは喜ばしことである。

(ただ執筆者のバックグラウンドからは、重要なのは第1次、第2次産業であるという認識が強く、クラウドワーキングが主に可能な第3次産業が発達しても足腰の伴わないうわついた豊かさに留まってしまうので、単に産業の一部と考えている。なお第2次産業でも、プリント基板設計や構造物の強度計算などは、クラウドワーキング的な事例が既にあることを付言しておきたい。)

その一方で、例えば日本のIT従事者にはとんでもない脅威である。現在は中国やインドのプログラマと競合している。次は東南アジア、中近東や中南米、アフリカ等との競合が始まる。いや、始まっている。

しかしクラウドワーカーにより、限りのある自社資源だけでは得られない創造性をソーサーが得られる可能性も高い。輸出品をローカライズするための調査を極めて速く、安く実行することも、現地ワーカーを使うことで可能だ。日本人には思いつかないようなデザインを、海外ワーカーから得られることも期待できる。

クラウドワーキングは、現状では多くの課題がありながら、次の大きな可能性がある。

1)地理的・時間的制約、国家、民族、性別等々を超えた仕事ができる。

2)自分のスキルを真に必要とするソーサーを広く開拓できる可能性がある。

3)異文化ワーカーとの交流やコワーキングによる新たな創造の場であり得る。

このビジネスモデルは、非常に汎用性が高いが故に、先に紹介した翻訳業のように、狭い業域で品質等を保持する仕組みを作ることができない。従ってクラウドソーサーはそのためのスキルを必要とする。しかしそのようなスキルを有するクラウドソーサーは、そうなれば自社でサイトを運営すれば足りる。汎用のクラウドサービス業者を起点として、この業界は個別業態に特化していくことで、総体として発展するのではないかと考えている。もちろん汎用業者の役割が減じるわけではない。

そこでこのようにして、グローバルな雇用を創出できれば富の再分配が進むと考えられる。

6.クラウドワーキングの将来

まずはクラウドソーサーにとって、広く価値が認められることが必須の前提である。発注者がいなければ、何も始まらない。そして何をクラウドに求めるかは、従来にはない高い発想力を必要とする。今までは誰も思いつかなかったような仕事が将来ブレークするかも知れない。

すでにクラウドビジネスは始まってしまった。いろいろなすったもんだを繰り返しながらも、決して後退することは無いだろう。

(2015.2.01 新大阪→東京ののぞみ車内にて)

 

参考文献:地域中小企業のためのクラウドソーシング活用ガイド、一般社団法人クラウドソーシング協会、H26.12